| つなビィ |
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| ヒゲの独り言 |
俺は今までの人生で3度泣いたことがある。
その年のニューヨークが4年ぶりの寒波に見舞われたのは 大道芸の道を諦めて日本へ帰る自分への言い訳にはなった。
でも俺は後悔なんか微塵もしていない。
たしかに夢は掴めなかったかもしれないけれど マンハッタンでの2年間は 今の俺をガッチリ支えてくれている。
彼女の名前はメリー・ルーという。
週末になると必ず俺のパフォーマンスを見に バッテリーパークまでやって来てくれた。
俺はいつか彼女と付き合いたいと考え始めていた。
そのうちプライベートな話もするようになり ある日、思い切ってデートを申し込んだ。
断っておくが 俺はルックスが悪い上にお金も無い。
デートと言っても高級レストランで食事をすることもできないし 車が無いのでドライブというわけにもいかない。
99%ダメだと思っての誘いだったのだが 俺は1%のウイニングチケットを手に入れた。
一張羅のスーツにブラシをかけ 歯磨きを3回、 ありったけの金をかき集めてワシントン広場へ向かった。
まさに夢のような時間だった。
彼女は俺にお金が無い事を知っていたのだろう レストランへ行こうと誘えば ハンバーガーが食べたいと言うし 映画はどうかと訊けば 俺と話が出来る時間が短くなるからいやだと言った。
結局ハンバーガーとコーラだけで 俺たちは日が暮れるまでベンチで喋った。
他愛もない話しかした覚えがないけれど 人生とはこれほど楽しいものかと思ったことを覚えている。
誕生日にはブルーのGショックが似合うと言って 戸惑う俺の左手首に。
お返しの術がない俺に 「その代わりにキスしてよ」 と目を閉じてみせた。
彼女の睫毛がアップになりドキドキした。
いい歳をして童心へ返ったようだった。
勢い恥ずかしい話もした。
ドリカムのファンだった俺は未来予想図に出てくる ブレーキランプで「あ・い・し・て・る」のサインを いつか必ず高級車を買って実現させたいと彼女に話したら、
彼女は英語なら 「I LOVE YOU」だから 3回点滅でいいよ、だと。
その話をしてからは 帰り際にメトロの入り口で必ず振り返る彼女に 100円ライターを3回点火させるのが 俺たちの「I LOVE YOU」のサインになった。
クリスマスが近づいてきた。
俺は彼女とマンハッタンのホテルで聖夜を向かえるために 飲食店でアルバイトを始めた。
貯金が尽き、大道芸で食っていけなくなったら 即帰国をおふくろと約束していたのだが。
食べて行くだけならば大道芸だけでも何とか(少し無理か) って状況ではクリスマスシーズンのマンハッタンのホテルは 300ドルが相場となりそれに食事とプレゼントを考えれば 迷う余地は無かった。
彼女の妹から連絡が入ったのは 朝からの雨が午後には雪混じりになった寒い日だった。
メリーが死んだ。
交通事故で即死だったそうだ。
すぐにことの重大さを理解することは無理だった。
遺品に俺がプレゼントしたドリカムのCDがあり そのパッケージの一番下にある「未来予想図2」の横に ハートマークのシールが貼ってあるのを見たとき 俺は生まれて初めて涙が頬を流れた。
帰国一年後、 相変わらずの大道芸と ビジネスホテルのバイトで何とか食いつないでいた俺に 友人からパーティーの招待状が届いた。
まだ心の傷が癒えない俺は 華やかな一次会に出席する気になれなくて 二次会からの参加にさせてもらった。
その二次会の場所への移動中に 俺がパフォーマンスをしているところへ 友人達がみんなで会いに来てくれた。
のちにつなの旦那になるモーリは俺の親友で やつにだけは唯一NYの出来事を打ち明けていた。
そのグループの中につながいた。
俺はつなの笑顔にやられた。
童顔で屈託が無い、 人懐っこさそうなところがメリーのそれとかぶって見えた。
恥ずかしいが一目惚れだ。
俺の凍った心がようやく溶けはじめた瞬間だった。
ガソリンを口に含んで火炎放射を披露していると 「熱くないの?」と聞きながら近寄ってくるつなに 火の噴き場所を失いちょっとガソリンを飲んだ俺。
「ゲボゲボッ! う、うん。 これ仕事だから」
これが俺とつなのファーストコンタクト。
俺は久しぶりにドキドキしていた。 つなならば過去を吹っ切らせてもらえると思った。
二次会では十八番のキモ芸を繰り出し つなの気を惹こうと頑張った。
左右の鼻の穴からそれぞれ牛乳とコーヒーを吸い込み 目からカフェオレを垂れ流す 「ナイアガラ」を立て続けに3度やったのは 後にも先にもこの時だけだ。
つなは大喜びしてくれた。
大喜びしてくれたが3度目のナイアガラは こっちを見てくれていなかった。
その時俺は全てを悟った。
つなはモーリが好きで モーリはつなが好きなのだ、と。
「ねぇ、コーヒー牛乳は飽きたから ギムレット出してよ、目から」
酔ったつなが一オクターブ低い声で睨みつけながらおねだりしてきた。
ジンが目にしみた。
俺は一年ぶりに 生まれてから2度目の涙を流した。
その後、 グループで会う機会も増え 俺の中でいつしかつなは妹のような存在へ。
そしてめでたくモーリの嫁さんになった。
今でもここの夫婦とは良い付き合いをさせてもらっているが 本当にふたりともいいやつで俺の自慢だ。
去年の12月17日に俺は人生3度目の号泣をすることになる。
いつものように大人数で飲み食いして カラオケパブに流れる。
時間はもうすぐ24時。 日付が変わろうとしていた。
カラオケパブの店内に懐かしいイントロが流れ始める。
ステージにはつなが立っていて。
俺は 「5回点滅」のところを 「3回点滅」と歌ってくれたつなに 涙で全く前が見えなくなっていたが ライターを3回点火させた。
そうだ、今日はメリーの命日だ。
俺はつなの歌声を聞きながら ブルーのGショックを右手で握りしめた。
□あとがき□
長文失礼しました。 このようないい機会を与えたいただき ありがとうございました。 はりつけは俺がなります。 ただ、人気投票はつなが喜びますので宜しくお願いします。
つなへ。
俺はあのカラオケパブの夜 お前が24時までにあの曲を歌うために 店員と交渉してくれたのをあとから聞いて モーリに離婚してくれと頼んだんだがダメだったよ。
あとな、NYとの時差の件とライターの点火で店員が駆け寄って 注文を訊いてきたのはここだけの話にしておく。 早く良くなってまた飯にでも行こうな。
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