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| 松島さん |

松島さんの背中越しに 少し気の早いジャーマンアイリスが咲いてて。
彼女はアイスコーヒーをストローでクルクルかき回し、 『カラン』と氷が崩れる音を合図に ミルクポットを傾けます。
あたしの注文したホットココアに一瞥を投げて おしぼりをテーブルの右端にきっちりそろえながらつづきの話を。
「そのあと18の時にな元カレに風呂に沈められちゃってさ 最初の店が最悪でな バック50なんかでしゃぶれねぇ〜ってんの! 今の店に引き抜かれた頃、裏っぴきはしなくなって アフターピルは殆ど飲まなくなったけど イソジンは手放せねぇ〜っつーの」
28歳、現役の風俗嬢にして2児の母。
ケーキ教室で知り合って2年ほどになるかしら 超美人なのにザックバランで そっち系の面白い話を伏字なしで喋りまくり。
さっき教室で作ったバナナマフィンに使ったエクアドルバナナを 薄緑のバーキンからゴソゴソ取り出して
「これって一本100円くらい? あたしなんか数分間こうするだけで いくら貰えると思う?」
「こうする」のところで信じられないプロの技を披露。
薄っすらと紅に染まるエクアドルとあたしの頬。
(あれは人の動きじゃない)
ポーチから取り出したリップスティックを 一回だけ往復させて「んぱんぱ」しながら 人差し指を振りかざす。
「フィリピンだろうが南米だろうが 一本一万円やで」
「一万円?」
乗り出すあたし。 ガタンと倒れる椅子。
たじろぐ松島さん。 揺らめくアルコールランプの炎。
かないっこないけど、 好奇心で真似してみる。
「こう?」
テーブルが振動で徐々に移動する。
「テーブルが移動するのは ストロークが安定してない証拠だよ こうだよ、こう」
「こう?」
「もっと早く」
「こう?」
「行きが『は』で帰りが『ほ』」
「こう?」
お冷やを注ぎ足しにきたウエイトレスさんの目が潤んでいたのは あたしの「はほはほ」に ハートが巻き込まれちゃったんじゃないかと思うの。
「スジがいいよ」
あたしのスジがいいと誉められたのか スジを攻めろとアドバイスしてくれたのか 恐くて訊けなかったことだけは書き添えておきます。
すっかり氷が溶けてしまったアイスコーヒーを 下品な音のするギリギリ手前でストローをクチから離して 見たことも無いような細いタバコに火を点ける松島さん。
「何かかっこいいね」
「あたしが?」
ジャーマンアイリスのインクブルーが 松島さんのサファイアのピアスに重なった時 あたしは自分に足りないものが分った気がしたわ。
それほどのテクニックになると一朝一夕で身につくわけじゃなく、 松島さんは18歳から2年間、 血の小便が出るほど努力したんだと頷きながら目を閉じます。
ハタチといえばルーズリーフにポエムを書き溜めてて 週1、2は タンポポの綿毛につかまって妖精の国まで飛んでた頃だから・・・
「ウエイトレスさん、あたしにホットコーヒーを」
おかわりをココアにしなかったのも コーヒーに砂糖を入れなかったのも 生まれて初めてだけど。
あたしが 流木の小枝で砂に書いたカレシの名前が 波にさらわれているのをボーっと眺めている時に 松島さんは公園のプラタナスの幹に自転車のチューブを縛り付け 首を鍛えていたんだからかないっこありません。
帰りのスーパーで 見切り品のスウィーティオを50円で手に入れて 正座したまま皮を4分の3あたりまで剥いて深呼吸。
とりあえずカーテンを閉めました。

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Special Thanks
背景画像:気まぐれ堂様
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